私のラーメンにおける「なると」とスープの粘度・味のイメージ・概念が崩された.私は「なると」は鶏ガラスープ醤油系中華麺としか関係を持たないような勝手にメージを抱いていた.私がラーメン文化圏に疎かったせいなのか.もしくは,関西,近畿,京都,大阪,または育った環境にそのような類の食品に出会ったことがなく,「なるとと鶏ガラスープ醤油系中華麺」を見る機会が多かったためであろうか.よく思い出してみると,私が「なると」と実際に対面したことはなく,テレビや,パッケージでしか見たことがないように思う.いや,カップラーメンを数に数えたらそれが私となるとの出会いの初出であろうと感じる.
私は,まだ食文化,ラーメン文化の多様性は,広がっている.そして,私はまだまだ見たことのない食に触れる機会があるということは,大変嬉しいことであると思っている.
なので,私はまだ生きる.